ブログを書く

ブログで使う文体について考えてみた。【ですます調が無難?】

最近悩んでいることがあります。

それはブログやTwitterで敬体(ですます調)を使うべきか、常体(である調)を使うべきか、という点です。

今までは常体でブログ記事を書いていたのですが、ほかの人が書いたブログを見てみるとほとんどが敬体です。
Twitterでもブログをやっている人は敬体でのツイートが多いように感じます。
特に有益な情報を発信しようという意図が感じられるときは決まって敬体です。

そして私のブログは1ヶ月のPV数が105と、我ながら情けない数値です。
Twitterのフォロワーも1ヶ月弱で50数人しか伸びていません。
詳しくはこちら

もしかして常体で書いているのはまずいのでは……?

私のブログやTwitterが伸び悩んでいるのは常体を使っているせいではないか、と思ったのです。

個人の感覚ですが、敬体のほうが親しみやすい印象を受けますね。
一方の常体はお堅いイメージです。

この差が読む気になるかならないかを分けている可能性があります。

結局、敬体か常体か、どちらを使うべきなのでしょうか?
じっくり考えてみます。

常体(だ・である調)の特徴

常体の通称は<だ・である調>です。
その名の通り文末が~だ、~である、で終わります。

常体は新聞記事や論文、小説などでよく使われています。
それは常体が以下の特徴を持っているからでしょう。

  • 説得力がある
  • 客観性がある
  • 強さがある
  • 威厳が感じられる
  • 調子を変えやすい
  • 敬体より文字数が少ない

新聞や論文は「論理的に」「正確に」情報を伝えることが何より重要な媒体です。
主観や感情論が混ざってはいけません。

したがって常体が好まれるのでしょう。

小説の場合は文章の力――読者を本の世界に引き込み夢中にさせる力が必要です。
言葉の強さがある常体の方が向いているといえます。

こういった特徴からは常体のデメリットも見えてきます。

  • 共感しにくい
  • 高圧的
  • 堅い印象がある
  • 安易にコメントできない

といった点ですね。

ブログやTwitterは、個人が発信するものです。
バックに信頼性を保証してくれるものが何もありません。

信頼できない相手から何を説得されようと心に入ってこないでしょう。

常体が持つ言葉の強さは棘にしかなりません。

常体であることのメリットがほとんど消え、共感しにくい、高圧的といったデメリットだけが残ります。

ですからブロガーは敬体をよく使うのでしょう。

敬体(です・ます調)の特徴

敬体の通称は<です・ます調>です。
こちらは文末にです・ますが付く文体です。

教科書や紹介文、案内文などでよく見かけます。
個人ブログでも敬体が多いです。

敬体の特徴として以下が考えられます。

  • 丁寧
  • 共感しやすい
  • 主観性がある
  • 柔らかさがある
  • 読みやすい
  • 常体より文字数が多い

敬体は常体とは反対の特徴を持っていますね。
論理性や正しさよりも、より多くの人に読んでもらうことを重視しているといえるでしょう。

デメリットは

  • 平易な文になりがち
  • 反論を受けやすい
  • 特徴を付けにくい

などでしょうか。
反論を受けやすいことは、とにかく反応が欲しい個人ブロガーにとってはメリットでしょう。

敬体と常体の使い分け

これまでの話をまとめます。

敬体と常体はどんなときに使えばよいのでしょうか?

敬体を使うとき

  • より多くの人に読んでもらいたいとき
  • 最後まで読んでもらいたいとき

敬体は読みやすくとっつきやすい文章です。

宣伝や人を集めたいときなど、なんでもいいから読んでほしいというときには敬体のほうがいいでしょう。

最後まで読んでほしい文章があります
商品説明や取扱説明書、ルールなどです。
登録規約やプライバシーポリシーなんかも敬体で書かれていることが多いですね。

後になって「そんなの知らなかった!」なんて言われたくないでしょうから、できる限り読みやすいように敬体を使っているのでしょう。

常体を使うとき

  • 自分の意図を正しく伝えたいとき
  • 自分の世界に深く入り込んでほしいとき

先に述べたとおり常体は論理的であることや正しいことが重要な媒体でよく使われます。
読者に自分の意図を正しく理解してほしいときには常体を使いましょう。

また、新聞や論文、雑誌などは詳しく知りたい人だけが読んでくれればよいものです。
小説も、買っていおいて読み飛ばすということはあまりしないでしょう。

常体は威厳が出やすい分、言葉に強さを込められますから、読者に与える影響も強くなります。

元々読者が特定の情報に強い関心を持っていることを前提として、読者に深く入り込んでほしいときには常体がいいでしょう

共感が欲しいときは?

これは難しい問題ですね。

敬体か常体かできっちり分けられるものではないと思います。

強いていうなら、
浅い共感がほしいときは敬体。
深い共感がほしいときは常体。

ではないでしょうか。

敬体は読みやすいからいろんな人から反応をもらいやすいですが、その反面伝わるメッセージも平易なものになりがちです。
どうしても文体が似てきてしまうのです。

常体は敬体より読みにくいですが、文の調子を自在に変えられます。
文の調子というのは、リズム感や語気の強さのことです。

文のリズムといってもわかりにくいかもしれませんが、文には流れがあります。
次の2つの文のうち、どちらがより意思の強さを感じるでしょうか?

「私は明日受験があります。今までたくさん勉強してきたので、絶対に合格したいです!」

「私は明日受験がある。今までたくさん勉強してきたから、絶対に合格する!」

全く同じ意味の文ですが、下の文のほうが強さを感じられますね。

下の文は、「~してきたから、」と一拍入れているのが、気合を入れているようにも感じ取れます。

上の文は単に文を区切っただけですね。定型文のようにも見えます。

常体は文にいくらでもパワーを込められます。
使い方は難しいですが、より爆発力がほしいときは常体がいいでしょう。

結局どうすんの?

この記事では敬体だけを使っていますが、今後は敬体と常体を混ぜて使っていきたいと思います。

ベースは敬体
・ここぞ!というときは常体

私の場合、自然に文を書こうとすると常体になることが多いです。

ビジネスでは常体を使うことが多いからその流れで、という理由もありますが、自分の考えを知ってほしいという願望の現れなのだと思います。
常体は気持ちが出やすいので。

ただその感覚が強すぎると、読み手にとってはきつい文章になってしまうことでしょう。
だからベースは敬体にして、ここは強調したい! わかってほしい!という点だけ常体にしてみようと思いました。

一般論からすれば同じ文中で敬体と常体を混在させるべきではないのでしょうが、ここは個人ブログです。

好き勝手やればいいんです。

むしろ、文体がところどころ変わっていたほうがアクセントがついて読み手も楽しいんじゃないでしょうか?

うん、そうに違いない!

以上、私なりの文体論でした。

ABOUT ME
gonzares
27歳ITエンジニアであり提督でもある。 彼女いない歴=年齢である理由を真剣に考える。 趣味は読書・ゲーム・ネットサーフィン等、インドア派。 こっそり小説を書く練習をしている。